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About Islam

イスラームとはなにか

 イスラームとは   

イスラームとはアラビア語で平和、従順、服従などの意味を持ちますが、宗教的には「アッラーのみへの帰依」を表わします。そしてムスリムとは、自分を全宇宙の創造者アッラーの法にゆだねる者のことです。

イスラームは、ムハンマド(彼の上に平安あれ)が作ったものではありません。アーダム(アダム)、イブラーヒーム(アブラハム)、ムーサー(モーゼ)、イーサー(イエス)などが説いた一神教と全く同じ流れのものがアッラーによってムハンマド(彼の上に平安あれ)に啓示され、単なる信心だけではなく、人間が個人として、また社会の中でどのように生き、行動するべきかという問題に対するはっきりとした答えとして、全人類に与えられた教えです。それは国家や民族、人種や肌の色、職業や貧富の差、性差などに関係なく、この世の終わりまで通用する指針です。イスラームとは生き方なのです。誰でもこれを真実と認めた人は、受け入れることができます。また、信仰を誰からも強制されることはありません。

カリマ

イスラームの教えを一言で表わしたのが「カリマ」と呼ばれる文章です。これはアラビア語で「ラー イラーハ イッラッラーフ ムハンマド ラスールッラー」(アッラーのほかに神はなく、ムハンマドはアッラーの使者である)という文です。またこれを認めるには「アシュハド アッラー イラーハ イッラッラーフ ワ アシュハド アンナ ムハンマダン ラスールッラー」(私はアッラーのほかに崇拝に値するものがないことを証言します。そして私はムハンマドがアッラーの使者であることを証言します)という言葉を唱えます。この言葉を唱え、この言葉の意味することを認めれば、その人はムスリムになります。それでは、このカリマの意味するところはなんでしょう。

アッラー                         

アッラーとはアラビア語で「唯一の神」のことを意味します。よく言われるような山の神とか豊作の神のようなものではありません。「アッラーの神」という言い方は間違いです。アッラーとは、人間を含むこの世のあらゆるものの創造者であり超越者、あらゆる力の源泉であり、世界の生きとし生けるもの全てを養っている養護者のことです。人間が生まれてきたのも、考えたり話したり食べたりして生きてゆけるのも、全て慈悲深い支配者アッラーの力によるものです。大自然が美しいのも、この世界が一定の法則によって動いているのも、すべてアッラーがこの世界をデザインし面倒を見ているからなのです。

またアッラーは唯一のお方です。この世界は一貫したシステムが支配しているのですから、この世界をデザインし、創造した存在も唯一です。ただひとつである、ということは、単に一であるということではなく、全能であり、至高の存在であるということです。アッラーになにか並び立ったり、同じ程度の力を持っていたりするものはありません。アッラーは超越者であり、生も死も善も悪もアッラーによって創造されたので、アッラーが善とか悪とかではありません。アッラーは完全に公正なお方です。

またアッラーには欠点や弱点はありません。間違えたり疲れて休んだり、食べたり眠ったりはしません。完全に調和がとれていて休みなく動いている世界をあやつっている存在は、弱点があったり他のなにかの助けを必要としません。

そしてアッラーには生みの親や妻や子供はいません。アッラーは決して死なないので、子孫を残す必要はありません。アッラーは時間も空間も超越しています。アッラーに似たものはありません。

アッラーは目に見えないことも、人間の心に隠していることも全てご存じです。そこで人間は祈るとき、直接アッラーに呼びかければよいのであって、聖職者や聖者や偶像を仲介する

必要はないのです。

そのような偉大な存在ですので、アッラーに感謝しなかったり、アッラーをさしおいて他のなんの力もないものに祈ったりするのはアッラーに対してはなはだ失礼なことです。そこで「アッラーのほかに神はなし」とは、そういった架空の、偽の神や偶像をすべて否定して、ただ真実の神アッラーのみを信じ、アッラーのみに従うという意味なのです。

ムハンマド(彼の上に平安あれ)

 アッラーはこの世界と人間を創造したままで放っておきはしませんでした。人間の心には欲望や悪い性質があるので、自然のままに正しく導かれるということはありません。そこでアッラーは人間を導くために、それぞれの時代にそれぞれの民族と地域に、人間の間から預言者と呼ばれる人を選び、彼らを通じて人間の生きる道を教えました。預言者とは「神の言葉を預かる者」という意味です。預言者は哲学者や思想家などとは違い、自分で宗教を考え出したわけではありません。また、自分で修業して預言者になれるわけではありません。昔からさまざまな預言者たちが送られて、さまざまな時代やさまざまな民族にアッラーの宗教をもたらしましたが、時代が下るにつれて間違いや悪意、思い込みや善意などから人間が勝手に宗教を変え、もとの教えと違ったものにしてしまいました。アッラーはこれらを正すため、最後の預言者としてムハンマド(彼に平安あれ)を送り、最後の完全な宗教としてイスラームを下したのです。

ムハンマド(彼の上に平安あれ)は西暦570年にサウジアラビアのマッカに生まれ、預言者に選ばれる前から誠実で高潔な人として認められていました。彼の人生は充実しており、彼がわざわざ人々に異を唱える必要はなにもありませんでした。しかし40歳のとき、アッラーが彼を預言者として選んだため、彼は全人類を導くという偉大な仕事の苦難の道のりに進むこととなったのです。預言者として選ばれて後、彼はマッカで13年間布教し、その後マディーナに移住してから10年間活動し、63歳でその生涯を終えました。

ムハンマド(彼の上に平安あれ)はただ単にアッラーの言葉を述べ伝えただけではなく、その教えを自ら実践しました。そうしてイスラームが単なる理想ではなく、実践の宗教であることを身をもって示したのです。そこで彼の実践のことを「スンナ」と言い、ムスリムが模範とすべき指針とされています。「ムハンマドはアッラーの使者である」とは、ムハンマド(彼の上に平安あれ)をアッラーの使いであると認め、彼の生き方(スンナ)を自分の手本として受け入れるという意味です。

クルアーン

アッラーが天使ジブリール(ガブリエル)を通じてムハンマド(彼の上に平安あれ)に下したアッラーご自身の言葉がクルアーン(コーラン)です。クルアーンは人間によって書かれた書物ではありません。ムハンマド(彼の上に平安あれ)は読み書きができませんでした。その彼がもたらしたクルアーンは、当時のアラビアの文学者たちを驚かせる完ぺきで美しい文章だったのです。その中には、この世の終わりまで、あらゆる人間の導きとなる教えがあります。クルアーンは預言者ムハンマド(彼の上に平安あれ)の人生とともに23年間の歳月をかけて少しずつ下されました。そうして1400年たった今でも全く変えられていません。クルアーンはアッラーによって、そのオリジナルの内容が最後の日まで守られます。

 

ハディース

 またムハンマド(彼の上に平安あれ)の言ったこと、行ったこと、また黙認したことが多くのサハーバ(教友)たちによって伝えられています。それらをハディースと言います。ハディースはクルアーンよりも細かく、具体的な事例について述べてあります。そこでクルアーンとハディース、この両者をあわせたものがイスラームの教えの基礎になっています。

人  間

 人間はアッラーの最高の被造物です。そして動物などとは異なり、自由意志を与えられています。アッラーは人間を愛され、アッラーの言葉であるクルアーンと人類の手本であるムハンマド(彼の上に平安あれ)を通じて人間を導こうとされているのです。

イスラームの信条

 ムスリムは次の6つのことを信じています。

 1.アッラー

2.天使  アッラーの被造物であり、目には見えないが存在します。アッラーの忠実なしもべであり、

決してアッラーに背かず、堕落もしません。

3.クルアーン以前のものも含んだ諸啓典  ムスリムは聖書などの啓典も、アッラーから来たものであることを信じています。しかし現在ある啓典はオリジナルのものとは認めていません。

4.諸預言者  ムスリムはムーサー(モーゼ)、イブラーヒーム(アブラハム)、イーサー(イエス)などの人々を預言者として認め、尊敬しています。ただし、神はアッラーだけです。

5.審判の日  アッラーがこの世界を創り、人類をこの世界に生きさせ、やがて死なせるのは無意味に行っていることではありません。アッラーは人間に、真実を求めようとする感性や目に見えない創造者を洞察する力などをお与えになりました。そこで人間にとって、ただ自分の欲望や快適さのみを追及し、動物のように生きることは許されないことです。イスラームによれば、人間はこの現世で正しく創造者を意識し、正義をうち立てるように努力し、アッラーに対して恥ずかしくないように生きることが求められています。そうして生きた人間の生の全ての記録が、自己満足によってではなく、公正な審判者アッラーによって裁かれるのが審判の日です。全ての人間は、先祖もこれから生まれる人々も、死後もう一度復活し、アッラーの前に立たねばならないのです。そうして信仰し、正しい行いの方が上まった人間は天国へ行き、悪事の方が重かった人間は地獄へ行きます。ですから人生は試練です。あらゆる人間は、その時に備えなければならないのです。ですからまさにムスリムの生き方とは、来世という永い人生を視野に入れた生き方なのです。

6.運命  人間にとって良いと思われることも悪いと思われることもアッラーから来るということ。

ムスリムの生活

ムスリムの生活はあらゆることに教えがあり、生活の指針がありますが、新しくムスリムになった人は、イスラームの教えに100%従えるよう、子供が言葉を覚えるように、自分の能力に応じて精いっぱい努力し、少しずつ自分のものにしてゆけば良いのです。「無理に」とか「無理やり」というのは、イスラームにはありません。そのために重要なものがいくつかあり、それは五行として知られています。

1.信仰告白(シャハーダ)  カリマ「ラー イラーハ イッラッラーフ ムハンマド ラスールッラー」を、意味を理解し、信じて唱えること。これはイスラームを受け入れ、自分の生き方をイスラームに沿ったものに変えるよう努力するというアッラーに対する約束です。

2.礼拝(サラート) 一日五回の義務の礼拝を行うこと。

3.喜捨(ザカート) 貯蓄の中から、イスラームで決められた割合の財産を貧しい人に施すこと。

4.断食(サウム) イスラーム暦ラマダーン月の一ヵ月間、暁から日没まで飲食を絶ち身を慎むこと。

5.巡礼(ハッジ) 十分な財産と健康な身体があれば、一生に一度、メッカへ巡礼に行くこと。

その他に:

 ・預言者ムハンマド(彼の上に平安あれ)のスンナに即した生活をすること

 ・知識を求め、よく学ぶこと

 ・アッラーをよく意識すること

 ・他人に(他の宗教の人間に対しても)寛容であること

 ・動機を正しくすること

(アッラーの命令に反しない限り)両親に従うこと

などがあります。

イスラームの世界

今から約1400年前にアラビアに伝えられたイスラームは、その公正さと寛容さによって瞬く間に全世界へ広がり、現在世界人口の約5分の1がムスリムです。その代表的な国々は中東のみならず西はトルコやバルカン半島のアルバニア、などの東ヨーロッパの国々、北部・西部および東部アフリカ、東はイラン、アフガニスタン、インド、パキスタン、バングラデシュ、中国や中央アジアの国々。マレーシア、インドネシア、タイ、南部フィリピン、などの東南アジアの国々におよび、ヨーロッパ、ロシア、南北アメリカなどを中心として世界中で増え続けています。

イスラームやムスリムに対する誤解のため、日本におけるイメージは必ずしも好ましいものとは言えませんが、実際にはイスラームは世界の多くの人々に支持されており、多くの人々の導きとなっているのです。

イスラームと日本

イスラームは、明治7年から9年にかけてのヨーロッパや中国の文献の翻訳によって日本に紹介されたのがおそらく最初でしょう。明治23年にはトルコ政府派遣のイスラーム使節団が来日した記録も残っています。明治の後期には、日本人ムスリムによる初めてのマッカ巡礼もあり、ようやくイスラームのことが一般に知られるようになりました。その後、満州事変や日華事変、さらに太平洋戦争という軍国主義の時代になって、アジアの諸民族に対する関心が高まり、そのなかに多数のイスラームを信仰する民族のあることが分かって、にわかに国策としてもイスラームの研究が急務となりました。そして多くの研究機関や団体、協会などが設立され、各種の雑誌や単行本も出版されて大きなブームを呼び起こす結果となりました。

これに伴って昭和10年には神戸に、同13年には東京に本格的なマスジド(モスク)が建設され、常時正式なイスラームの礼拝や儀式が日本国内で行われることになりました。しかしアッラーを唯一絶対の神とする考えは、当時の日本の軍国思想とは相入れず、イスラームの布教活動は全く許されませんでした。その間、イスラーム諸国のほとんどが西洋列強諸国の植民地あるいは非支配国として外交、軍事、経済の表面に出なかったため、イスラームの真の姿は日本に紹介されず、欧米の偏見に満ちたイスラーム観が定着してしまいました。

しかし、近年、日本の歴史学も欧米の文献の直訳的なものではなく、新しく東洋の、またアジアの立場に立って近隣諸国との歴史を見直すようになり、さらに、戦後長年にわたって植民地として支配されていたアジア、アフリカ諸国が独立するにいたって、多くのイスラーム国が世界の舞台に登場するようになりました。そのため日本の学者や芸術家、また政治家、事業家の間にも新しい目をもって、アジア、アフリカ諸民族のなかに、動かしがたい伝統と文化を持つイスラームの研究が盛んになりました。それに加えて世界のエネルギー革命の結果、アラブ、アフリカの石油資源はわが国の産業経済と密接な関係を持つようになり、インドネシア、マレーシアなどのイスラーム諸国との貿易事業もあわせて、外交、経済の面でこれらムスリム諸国との国交を重視しなければならなくなりました。 事実イスラーム諸国では、宗教がほとんど日常の生活に浸透していて、貿易や商業の面でも独特の伝統を持ち、これらの生活環境に対する理解なくしては円滑な商業取引も個人的な親交も困難です。そしてイスラームのなかに、西洋の文明に欠けているアジア人の心に通じる生命を見いだすことが、今後の日本人にとって重要な課題になるでしょう。 このように、日本のイスラームとの関係が始まったのは極めて近年のことであり、学問的にも他国と比べて初歩的段階にあるといえます。しかし全くの無関心であったということではなく、イスラームの経典クルアーンの翻訳も大正9年以来数種の単行本が出版されており、ムハンマドの伝記にいたっては、明治9年以来10指に余る著書が刊行され、最近ことにイスラームの歴史や美術に関する出版が年とともに盛んになってきています。しかし宗教としての研究、イスラームの本質についての探求ということは少ないので、今後に期待されることが大きいと言えるでしょう。